モール

短編の小説を中心に載せてゆく予定です。「モールのなかの暮らし」をコンセプトで、ショッピング・モールの小さな物語を集めます。終わりがあるのかは解りませんが、完成次第、発表していきます。

通勤する者

モールは工業地帯の工場の跡地に建てられた。それより前は穏やかな海が広がり、平地の少ないこの町は少なからざる資本を投資して埋め立てたのだった。工業地帯と言っても、好き好んでかどうなのかそこに住む者は存在する。男は駅までの近さゆえにそこに2階…

試飲

モールの地下へ降りると、たいていの百貨店がそうあるように、ここでも食品売り場が広がっている。惣菜売り場と焼きたての饅頭屋の間を抜けた先に、「地酒しか扱わない酒屋」があり、やる気のなさそうな男が店前に立っている。彼こそ、この短編の主人公の稲…

オールド・フィッツジェラルド

ふたりはいつもの様に座席の一番奥に座り、レモンの酎ハイを二つ頼んだ。今日は木曜日なのにほぼ満席で、隣の中年の男性は「パパッと出来るはずの枝豆が遅い」と愚痴をこぼしていた。工藤はスーツのジャケットを脱ぎ、肩に散らばったフケを払い落とすと、連…